馬場元子監修

大洋ホエールズ

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1959年11月、読売巨人軍から戦力外通告を受けた馬場。翌60年2月、大洋ホエールズ(現DeNA)の春季キャンプにテスト生として参加。だが、風呂場で転倒し左ヒジを負傷。左手の中指と薬指が伸びなくなり、野球を続けることを断念した。

卓球

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三条第一中学時代、中越地区大会の個人戦で優勝したほどの腕前。野球のオフシーズン、バスケットボールとともに励んだ。プロレスラーとなった後も、巡業先の温泉宿で同僚レスラー相手にラケットを握ったが、負け知らずだった。

読書

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馬場いわく「巨人軍入団後、夜は時間があるので読み漁るようになった」。好きなジャンルは時代小説。中でも戦国武将もの、剣豪ものがお気に入りで、山岡荘八『徳川家康』、吉川英治『宮本武蔵』を愛読。また、柴田錬三郎の著作は読破した。

ドクターストップ

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1965年10月29日、静岡・駿府大会で、アルバート・トーレスのフライング・ヘッドシザーズにより左側頭部からマットに突っ込み、一時的に全身が麻痺。病院に運ばれ2日間のドクターストップを告げられたが、翌日以降も試合に出続けた。