馬場元子監修

1938〜1959年の出来事

1938
01
23

新潟県三条市西四日町で青果商を営む馬場一雄、ミツ夫妻の間に生まれる。兄1人、姉2人。未熟児というほどではなかったが、平均よりは小さい赤ちゃんだった。

1944
04
01

四日町国民学校に入学。新入生の中では最も身長が低かった。

1948
04
01

小学5年になった頃から体が大きくなり始め、家業を手伝うかたわら、少年野球団「若鮎クラブ」に加入。エースとして活躍。

1950
04
01

三条第一中学校に入学。野球部で中越大会優勝。

1953
04
01

新潟県立三条実業高校(現・三条商業高校)工業科に入学。美術部に入部。

1954
04
01

高校2年の春、硬式野球部に入部。

07
18

中越地区1回戦で長岡高校に01で惜敗。馬場にとってはこれが「最初で最後の夏」となった。

10
07

プロ野球の読売巨人軍と入団契約。支度金20万円、月給1万2000円。背番号59。

11
01

高校を中退してプロ野球の読売巨人軍に投手として入団。背番号59。

1955
06
22

川崎球場でのイースタンリーグ、大洋ホエールズ(現DeNA)戦でプロ初登板初先発。

1956
12
12

脳腫瘍による視力低下により、右前頭部開頭手術を受ける。

1957
08
25

甲子園球場での対大阪タイガース(現・阪神)22回戦で一軍公式戦デビュー。8回裏、4番手でのマウンド。最初の対戦相手は吉田義男。打者3人を三者凡退に抑えた。

10
15

後楽園球場での大阪タイガース戦でプロ2試合目の一軍登板。1イニングで2三振を奪った。

10
23

後楽園球場での中日ドラゴンズ戦でプロ初先発。通算200勝がかかる杉下茂と投げ合い、5回5安打1失点と好投したものの敗戦投手に。これが馬場にとっては最後の一軍登板となった。

1959
11
09

巨人軍から自由契約の通告を受ける。