馬場元子監修

1980〜1989年の出来事

1980
04
06

埼玉・西武球場で、東京スポーツ主催「プロレスラー対抗ソフトボール大会」。全日本対新日本の試合が行われ馬場も出場。投手・アントニオ猪木の前に三振を喫した。結果は225で新日本の勝利。

04
25

高知県民体育館で、ザーシークと対戦(340秒、両者リングアウト)。これで国内通算3000試合連続出場を達成した。

06
18

アメリカ・ハワイ州ホノルルで18人参加のバトルロイヤルに出場。アンドレ・ザ・ジャイアントと初顔合せ。

09
04

佐賀スポーツセンターで、ハーリー・レイスが保持するNWA世界ヘビー級王座に挑戦。145秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで勝利。第57代王座に返り咲いた。

09
10

滋賀・大津市皇子が丘公園体育館で、ハーリー・レイスを相手にNWA世界ヘビー戦。1158秒、片エビ固めで敗れ王座転落。初防衛に失敗した。

12
11

東京・蔵前国技館で「80世界最強タッグ決定リーグ戦」最終戦。ザ・ファンクスと引き分けた馬場&鶴田組が2年ぶり2度目の優勝を飾った。

1981
01
18

東京・後楽園ホールで「3000試合連続出場突破記念試合・第1弾」。PWFヘビー王者の馬場とAWA世界ヘビー級王者のバーン・ガニアがダブル・タイトルマッチで激突。1-1からの3本目は両者リングアウトとなり、それぞれ王座防衛に成功した。この一戦は「プロレス大賞」の年間最高試合に選出された。

02
15

東京・後楽園ホールで「3000試合連続出場突破記念試合・第2弾」として、ハーリー・レイスのNWA世界ヘビー級王座に挑戦。1-1からの3本目はレイスの暴走による反則勝ちで王座移動ならず。馬場にとってはこれが最後のNWA戦となった。

04
23

大阪府立体育館で「第9回チャンピオン・カーニバル」最終戦。馬場はブルーザー・ブロディを8分11秒、フライング・ボディーシザースドロップからの体固めで下し得点を21に。19点のジャンボ鶴田をおさえて3年ぶり6度目の優勝を飾った。

04
26

東京・後楽園ホールで、テリー・ファンクを相手に「インターナショナル・ヘビー級王座争奪トーナメント」の公式戦。1712秒、リングアウト勝ちを収めた。

04
27

愛知県体育館で、ブルーザー・ブロディを相手に「インターナショナル・ヘビー級王座争奪トーナメント」の準決勝。5分59秒、体固めで敗れた。

05
22

神奈川・川崎市体育館で「スーパー・パワー・シリーズ」が開幕。馬場はアブドーラ・ザ・ブッチャーとタイガー戸口が新日本プロレスに移籍したことについて「ブッチャーと戸口の引き抜きは絶対に許せない」と発言。

06
02

北海道・美深町営体育館で、馬場と大木金太郎が約10年ぶりにタッグ結成。ザ・シーク、カール・フォン・スタイガー組を2-0で下した。

07
03

埼玉・熊谷市民体育館大会のメインイベント(G・馬場&J・鶴田組対B・ロビンソン&D・スレーター組)に「狂虎」タイガー・ジェット・シンがマネジャーのボビー・ヒーナンとともに乱入。馬場に対して凶行を働き、全日本マット参戦をアピールした。

10
09

東京・蔵前国技館で「創立10周年記念興行」。馬場はブルーノ・サンマルチノとタッグを結成、タイガー・ジェット・シン&上田馬之助組と対戦、反則勝ちを収めた。前日8日は新日本が同所で大会を開催。異例の興行戦争となった(先に開催を発表したのは全日本)。

12
13

東京・蔵前国技館で「81世界最強タッグ決定リーグ戦」最終戦。ザ・ファンクスと対戦するB・ブロディ&J・スヌーカ組のセコンドとして、この3日前まで新日本のリングに上がっていたスタン・ハンセンが登場し、試合にも介入。傍若無人の振る舞いに対して、馬場が怒りのチョップ攻撃。

12
21

東京ヒルトンホテルで記者会見を開き、馬場が全日本プロレス社長の座を退き、会長に就任する旨が発表された。

1982
02
04

東京体育館で、スタン・ハンセンを相手にPWFヘビー戦。超満員1万500人の大観衆が見守る中、熱戦を展開。1239秒、両者反則に終わったが、健在ぶりをアピールした。この一戦は「プロレス大賞」の年間最高試合に選出された。

03
26

埼玉・越谷市立体育館で、天龍源一郎を相手に「82チャンピオン・カーニバル」公式戦。16分9秒、河津落としからの片エビ固めで勝利。天龍とはこれが最初で最後のシングル対決となった。

04
09

鳥取産業体育館で、ジャンボ鶴田を相手に「82チャンピオン・カーニバル」公式戦。鶴田との最後の一騎打ちは30分時間切れ引き分け。通算成績は3勝0敗6分け。

04
16

福岡国際センターで「82チャンピオン・カーニバル」最終戦。馬場はブルーザー・ブロディを相手に102秒、反則勝ち。得点を27に伸ばし、2年連続7度目の優勝を飾った。

06
17

アメリカ・テキサス州アマリロ・シビックセンター・コロシアムでブルーザー・ブロディが保持するインターナショナル・ヘビー王座に挑戦。1232秒、両者リングアウトで王座奪取ならず。馬場にとってはこれが最後のインター戦となった。

07
07

東京ヒルトンホテルで記者会見を開き、元子夫人との結婚を公表。

10
26

北海道・帯広市総合体育館で、ハーリー・レイスを相手にPWFヘビー戦。1245秒、体固めで敗れ王座転落。16度目の防衛に失敗した。

12
31

民放テレビ局連合の『ゆく年くる年』にキャスターとして出演。

1983
01
04

東京プリンスホテルで『昭和57年度プロレス大賞』の授賞式に出席。馬場は年間最高試合賞を獲得(前年2月4日、東京体育館でのスタン・ハンセン戦)。これで昭和54年度から4年連続での同賞受賞となった。

01
23

東京ヒルトンホテルで「ジャイアント馬場くんをますますテレさす会」が開催された。

02
11

アメリカ・ミズーリ州セントルイス・チェッカードームで、ハーリー・レイスが保持するPWFヘビー王座に挑戦。13分4秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで勝利。第7代王座に返り咲いた。

03
03

東京・後楽園ホールで、上田馬之助と一騎打ち。ジャンピング・アームブリーカー6連発で上田の左肩を脱臼状態に追い込み、16分3秒、レフェリーストップ勝ちを収めた。

04
12

愛媛県民館で、馬場&鶴田組はスタン・ハンセン&ロン・バス組に敗れ、インタータッグ王座から転落。20度目の防衛に失敗した。