馬場元子監修

1990〜1999年の出来事

1990
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04

東京・キャピトル東急ホテルで新日本プロレスの坂口征二社長と共同記者会見。両団体の協調路線を発表。

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19

新日本プロレスの坂口征二社長から、2月10日・新日本の東京ドーム大会への選手貸し出し要請を受ける。馬場は「ああ、いいよ」と快諾した。

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22

新日本プロレスの2・10東京ドーム大会にジャンボ鶴田、天龍源一郎、谷津嘉章、川田利明(のちにタイガーマスクに変更)、スタン・ハンセンの5選手が出場することが発表された。

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27

東京・後楽園ホールで、タイガーマスク&高木功とトリオを組み、天龍源一郎&川田利明&サムソン冬木組と対戦。20分56秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで天龍から3カウントを奪取。前年11・29札幌大会の借りを返した。

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28

東京・後楽園ホールで「オカマレスラー」のリップ・ロジャースと対戦。4分7秒、16文キック&河津落としからの片エビ固めで勝利を収めた。

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29

東京・キャピトル東急ホテルで記者会見。ジャイアント馬場、新日本プロレス社長の坂口征二、WWF代表のビンス・マクマホン・ジュニアが出席し、4月13日に3団体合同による東京ドーム大会を開催することを発表した。

02
13

WWF視察のための渡米中、アリゾナ州フェニックスのアリゾナ・ベテランズ・メモリアル・コロシアムで、リング上からアンドレ・ザ・ジャイアントとともに紹介された。

02
16

アメリカ・ロサンゼルスで開催された「カリフラワー・アレイ・クラブ」に出席。日本人レスラーとして初となる特別功労賞を贈られた。

04
13

東京ドームで「日米レスリング・サミット」開催。馬場はアンドレ・ザ・ジャイアントと「大巨人コンビ」を初結成。ザ・デモリッションを一蹴した(6分39秒、アンドレがアックスをエルボードロップから体固め)。

05
02

東京・六本木の全日本プロレス事務所で記者会見を開き、天龍源一郎の全日本退社を発表。

05
14

新装なった東京体育館で「90スーパーパワー・シリーズ」の開幕戦。馬場はメインイベントでジャンボ鶴田とコンビを結成。テリー・ゴディ&スティーブ・ウイリアムス組と対戦したが、試合中に背中をコーナーマットに強打。動きが鈍ったところへパワーボム、ラリアットを決められ、2048秒、ゴディに3カウントを奪われた(体固め)。

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30

所属選手の大量離脱を受けて、東京・後楽園ホールで開催された「ワンナイト・スペシャルIN後楽園」。馬場は全5試合中の第3試合に登場。リチャード・スリンガーとのコンビでマイティ井上&寺西勇組と対戦。1850秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで寺西から3カウントを奪った。

07
11

『クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!』(日本テレビ系)に出演。何を作っているかを当てる映像クイズ(正解はボクシンググローブ)で、「馬場さん、当てて!」との周囲の期待の中、照れ気味に「赤べこ」と回答。司会の逸見政孝さんがズッこけた。

07
12

東京・後楽園ホールで「ブルーザー・ブロディ・メモリアルナイト」を開催。R・木村とのコンビで大熊元司&永源遙組と対戦。馬場が1310秒、河津落としからの片エビ固めで永源から3カウントを奪った。

07
16

富山・滑川市総合体育館で、ジョー・ディートンと対戦し、1117秒、河津落としからの片エビ固めで勝利。これが生涯最後のシングルマッチとなった。

08
03

千葉・上総一宮海岸でおこなわれていた三沢光晴、川田利明、田上明、小橋健太、菊地毅ら若レスラーの強化合宿を視察。

09
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東京・日本武道館大会の試合(馬場&木村&田上組対渕&大熊&永源組)終了後、場内の電光掲示板で9月30日、東京・後楽園ホールでのデビュー30周年記念試合の対戦カード(馬場&ブッチャー組対ハンセン&アンドレ組)が発表された。

09
30

東京・後楽園ホールで「ジャイアント馬場デビュー30周年記念特別試合」。アブドーラ・ザ・ブッチャーをパートナーに、アンドレ・ザ・ジャイアント&スタン・ハンセン組と対戦。バトルロイヤルを除けば初の「大巨人対決」に館内は沸いた。試合は10分13秒、アンドレがエルボードロップからの体固めでブッチャーをフォール。

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15

東京・後楽園ホールで「90世界最強タッグ決定リーグ戦」が開幕。馬場はアンドレ・ザ・ジャイアントとのコンビで出場。この日の公式戦ではディック・スレーター&ジョー・ディートン組を撃破、白星スタートを切った。

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30

北海道・帯広市総合体育館で、ザ・ファンクスと「90世界最強タッグ決定リーグ戦」の公式戦で激突。試合中、馬場はドリーとともに場外に転落した際、左半身を強打。続行は不可能となり(11分41秒、両軍リングアウト)、病院での診断の結果、左大腿骨亀裂骨折で全治3カ月の重傷と判明した。馬場&アンドレ組は翌日以降のリーグ戦を棄権。

1991
01
27

前年11・30帯広大会で左大腿骨を亀裂骨折。その後、東京医大病院に入院、加療を続けていたが、この日の東京・後楽園ホール大会に松葉づえ姿で来場。58日ぶりに公の場に姿を見せた。

03
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東京・新宿の東京医科大学病院を約3カ月ぶりに退院。

06
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東京・日本武道館大会で、「復活の日」と称し183日ぶりの実戦復帰。ラッシャー木村&渕正信とのトリオで、アブドーラ・ザ・ブッチャー&ジャイアント・キマラⅠ&ジャイアント・キマラⅡ組と対戦。13分3秒、初公開のDDTからの片エビ固めでキマラⅡをフォール。復帰戦を白星で飾った。

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北海道・帯広市総合体育館で『91世界最強タッグ決定リーグ戦』の公式戦。馬場はアンドレ・ザ・ジャイアントとのコンビでドリー・ファンク・ジュニア&アル・ペレス組と対戦。1年前に重傷を負った因縁の地で、因縁のドリー組相手に白星を収めた。

12
06

東京・日本武道館で「91世界最強タッグ決定リーグ戦」最終戦。馬場&アンドレ組はブッチャー&キマラⅡ組との最終公式戦に快勝(馬場が10分30秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めでブッチャーをフォール)したが、優勝したテリー・ゴディ&スティーブ・ウイリアムス組に1点及ばず、2位タイに終わった。

1992
02
03

東京・専修大学神田校舎「報恩の間」で、同大学レスリング部主将・秋山潤の全日本プロレス入団を、馬場同席のもと発表。

03
04

東京・日本武道館で、アンドレ・ザ・ジャイアント&ドリー・ファンク・ジュニアとトリオを結成し、川田利明&小橋健太&菊地毅の超世代軍トリオと対戦。14分48秒、ドリーがスピニング・トーホールドで菊地からギブアップを奪った。

04
19

この日の東京・後楽園ホール「92ファン感謝デー」を欠場。前日の後楽園大会で右肩を痛めたことによるもの。

09
17

東京・後楽園ホールで「旗揚げ20周年謝恩祭」を開催。ジャンボ鶴田&渕正信とトリオを組み、三沢光晴&川田利明&菊地毅組と対戦。馬場にとっては「三冠王者・三沢」との初顔合わせだった。試合は25分50秒、鶴田が菊地をフォール。

10
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東京・キャピトル東急ホテルで「全日本プロレス創立20周年記念パーティー」を開催。招待客1200人。