馬場元子監修

04
13

東京ドームで「日米レスリング・サミット」開催。馬場はアンドレ・ザ・ジャイアントと「大巨人コンビ」を初結成。ザ・デモリッションを一蹴した(6分39秒、アンドレがアックスをエルボードロップから体固め)。

05
02

東京・六本木の全日本プロレス事務所で記者会見を開き、天龍源一郎の全日本退社を発表。

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14

新装なった東京体育館で「90スーパーパワー・シリーズ」の開幕戦。馬場はメインイベントでジャンボ鶴田とコンビを結成。テリー・ゴディ&スティーブ・ウイリアムス組と対戦したが、試合中に背中をコーナーマットに強打。動きが鈍ったところへパワーボム、ラリアットを決められ、2048秒、ゴディに3カウントを奪われた(体固め)。

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30

所属選手の大量離脱を受けて、東京・後楽園ホールで開催された「ワンナイト・スペシャルIN後楽園」。馬場は全5試合中の第3試合に登場。リチャード・スリンガーとのコンビでマイティ井上&寺西勇組と対戦。1850秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで寺西から3カウントを奪った。

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11

『クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!』(日本テレビ系)に出演。何を作っているかを当てる映像クイズ(正解はボクシンググローブ)で、「馬場さん、当てて!」との周囲の期待の中、照れ気味に「赤べこ」と回答。司会の逸見政孝さんがズッこけた。

07
12

東京・後楽園ホールで「ブルーザー・ブロディ・メモリアルナイト」を開催。R・木村とのコンビで大熊元司&永源遙組と対戦。馬場が1310秒、河津落としからの片エビ固めで永源から3カウントを奪った。

07
16

富山・滑川市総合体育館で、ジョー・ディートンと対戦し、1117秒、河津落としからの片エビ固めで勝利。これが生涯最後のシングルマッチとなった。

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03

千葉・上総一宮海岸でおこなわれていた三沢光晴、川田利明、田上明、小橋健太、菊地毅ら若レスラーの強化合宿を視察。

09
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東京・日本武道館大会の試合(馬場&木村&田上組対渕&大熊&永源組)終了後、場内の電光掲示板で9月30日、東京・後楽園ホールでのデビュー30周年記念試合の対戦カード(馬場&ブッチャー組対ハンセン&アンドレ組)が発表された。

09
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東京・後楽園ホールで「ジャイアント馬場デビュー30周年記念特別試合」。アブドーラ・ザ・ブッチャーをパートナーに、アンドレ・ザ・ジャイアント&スタン・ハンセン組と対戦。バトルロイヤルを除けば初の「大巨人対決」に館内は沸いた。試合は10分13秒、アンドレがエルボードロップからの体固めでブッチャーをフォール。

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東京・後楽園ホールで「90世界最強タッグ決定リーグ戦」が開幕。馬場はアンドレ・ザ・ジャイアントとのコンビで出場。この日の公式戦ではディック・スレーター&ジョー・ディートン組を撃破、白星スタートを切った。

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30

北海道・帯広市総合体育館で、ザ・ファンクスと「90世界最強タッグ決定リーグ戦」の公式戦で激突。試合中、馬場はドリーとともに場外に転落した際、左半身を強打。続行は不可能となり(11分41秒、両軍リングアウト)、病院での診断の結果、左大腿骨亀裂骨折で全治3カ月の重傷と判明した。馬場&アンドレ組は翌日以降のリーグ戦を棄権。

1991
01
27

前年11・30帯広大会で左大腿骨を亀裂骨折。その後、東京医大病院に入院、加療を続けていたが、この日の東京・後楽園ホール大会に松葉づえ姿で来場。58日ぶりに公の場に姿を見せた。

03
01

東京・新宿の東京医科大学病院を約3カ月ぶりに退院。

06
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東京・日本武道館大会で、「復活の日」と称し183日ぶりの実戦復帰。ラッシャー木村&渕正信とのトリオで、アブドーラ・ザ・ブッチャー&ジャイアント・キマラⅠ&ジャイアント・キマラⅡ組と対戦。13分3秒、初公開のDDTからの片エビ固めでキマラⅡをフォール。復帰戦を白星で飾った。

11
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北海道・帯広市総合体育館で『91世界最強タッグ決定リーグ戦』の公式戦。馬場はアンドレ・ザ・ジャイアントとのコンビでドリー・ファンク・ジュニア&アル・ペレス組と対戦。1年前に重傷を負った因縁の地で、因縁のドリー組相手に白星を収めた。

12
06

東京・日本武道館で「91世界最強タッグ決定リーグ戦」最終戦。馬場&アンドレ組はブッチャー&キマラⅡ組との最終公式戦に快勝(馬場が10分30秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めでブッチャーをフォール)したが、優勝したテリー・ゴディ&スティーブ・ウイリアムス組に1点及ばず、2位タイに終わった。

1992
02
03

東京・専修大学神田校舎「報恩の間」で、同大学レスリング部主将・秋山潤の全日本プロレス入団を、馬場同席のもと発表。

03
04

東京・日本武道館で、アンドレ・ザ・ジャイアント&ドリー・ファンク・ジュニアとトリオを結成し、川田利明&小橋健太&菊地毅の超世代軍トリオと対戦。14分48秒、ドリーがスピニング・トーホールドで菊地からギブアップを奪った。

04
19

この日の東京・後楽園ホール「92ファン感謝デー」を欠場。前日の後楽園大会で右肩を痛めたことによるもの。

09
17

東京・後楽園ホールで「旗揚げ20周年謝恩祭」を開催。ジャンボ鶴田&渕正信とトリオを組み、三沢光晴&川田利明&菊地毅組と対戦。馬場にとっては「三冠王者・三沢」との初顔合わせだった。試合は25分50秒、鶴田が菊地をフォール。

10
01

東京・キャピトル東急ホテルで「全日本プロレス創立20周年記念パーティー」を開催。招待客1200人。

10
21

東京・日本武道館で「旗揚げ20周年記念試合」。馬場はスタン・ハンセン&ドリー・ファンク・ジュニアとトリオを結成し、ジャンボ鶴田&アンドレ・ザ・ジャイアント&テリー・ゴディ組と対戦。夢の6人タッグマッチに超満員の観衆は入場シーンから熱狂した。試合は14分32秒、鶴田が首固めでドリーから3カウント奪取。

1993
04
20

この日の福島体育館大会で前人未到の国内通算5000試合出場を達成。馬場はR・木村&百田とトリオを結成し、ジョー・ディートン&永源&泉田竜舞組と対戦(16分27秒、百田がバックドロップで泉田から3カウント)。試合前には選手会長の三沢光晴から花束が馬場に贈られた。

06
01

東京・日本武道館で「5000試合出場記念試合」。R・木村&M・井上とトリオを結成し、A・T・ブッチャー&渕&永源組と対戦。11分19秒、ランニング・ネックブリーカードロップからの体固めで馬場が渕から3カウントを奪った。往年のライバル、ジン・キニスキーがお祝いに駆けつけた。

07
29

東京・日本武道館で、ザ・デストロイヤーが引退試合。馬場はデストロイヤー、さらには息子のカート・ベイヤーとトリオを結成し、渕正信&井上雅央&永源遙組と対戦した。試合は13分8秒、デストロイヤーが足4の字固めで井上からギブアップを奪い、有終の美を飾った。

11
16

11月13日に開幕した「93世界最強タッグ決定リーグ戦」。当初、馬場は公式戦への参加を見送ったが、テッド・デビアスの負傷帰国に伴いスタン・ハンセンのパートナーが宙に浮き、急きょハンセン&馬場組の結成が発表された。翌17日の新潟大会から公式戦に参加。準優勝の成績を残した。

1994
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05

東京・日本武道館で、ファン投票による「夢のカード」に出場。スタン・ハンセンとのコンビで三沢光晴&小橋健太組と対戦。35分11秒、馬場は三沢のダイビング・ネックブリーカードロップの前に3カウントを奪われたが、健闘をたたえる拍手は鳴りやまなかった。

11
06

静岡・草薙球場で開催のプロ野球巨人対阪神のOB戦に参加予定も、降雨のため中止に。馬場にとっては無念の雨となった。

1995
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19

阪神淡路大震災の2日後、大阪府立体育会館で興行開催。馬場はジャンボ鶴田&三沢光晴とトリオを結成し、秋山準&大森隆男&本田多聞組と対戦した。試合は15分37秒、三沢がタイガードライバーで大森から3カウント奪取。