馬場元子監修

06
16

フィラデルフィアでB・ロジャースの NWA王座に挑戦。

06
23

オハイオ州コロンバスでB・ロジャースのNWA王座に挑戦。この試合を皮切りに7月7日、7月25日と同地で異例の3連続挑戦。

1963
02
04

ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムでWWA王者のザ・デストロイヤーに挑戦。反則で1本奪うも2本目が時間切れのため規定により王座獲得ならず。

02
22

ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムでWWA世界王者のザ・デストロイヤーに再挑戦。2ー1で勝利も2フォール勝ちでなかったため王座移動せずとの裁定に、マネジャーのグレート東郷が抗議。延長再試合となり、馬場は敗れた。

03
17

渡米していた力道山とともに約1年8カ月ぶりに凱旋帰国。

03
23

この日開幕の「第5回ワールドリーグ戦」に出場。リングネームがジャイアント馬場に変更。4勝2敗1分けの好成績を収めた。

03
24

東京・蔵前国技館で「ワールドリーグ戦」優勝候補のキラー・コワルスキーと45分3本勝負で対戦。両者ノーフォールのまま時間切れ引き分け。

03
26

力道山とともに『スター千一夜』(フジテレビ系)に出演。

03
29

滋賀・大津大会で武者修行時代の師匠、フレッド・アトキンスと対戦。3ラウンド2分40秒、体固めで3カウントを奪った。

10
02

栃木・足利大会でアントニオ猪木との通算16回目となる一騎打ちに勝利。この試合が両者による最後のシングルマッチ。通算成績は馬場の16勝0敗だった。

10
07

2度目のアメリカ遠征に出発。

1964
02
08

アメリカ・デトロイトのオリンピア・スタジアムで、ルー・テーズのNWA世界ヘビー級王座に挑戦。1-2で敗れるも、ココナッツクラッシュで1本奪う。この試合を皮切りにNWA、WWWF、WWAの3大世界王座連続挑戦を果たす。

02
15

オハイオ州シンシナティでルー・テーズのNWA王座に再挑戦するも1-2で敗退。8日の試合同様、最後はバックドロップの前に沈んだ。

02
17

MSGでブルーノ・サンマルチノのWWWF世界ヘビー級王座に挑戦。1本目はカナディアン・バックブリーカーの前にギブアップ、2本目はニューヨークの市条例(午後11時以降の興行続行は不可)により時間切れ引き分け。王座獲得ならずも、中一日でのNWA、WWWF連続挑戦は史上初の快挙だった。馬場にとっては自身初のMSGでのメインイベント。

02
28

ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムでフレッド・ブラッシーのWWA王座に挑戦。1-1から時間切れ引き分けで王座獲得ならず。3月20日、同27日にもブラッシーに挑戦。

04
03

アメリカ遠征から約半年ぶりに帰国。その足で「第6回ワールドリーグ戦」の開幕戦、東京・蔵前国技館大会に出場。

05
29

北海道・札幌中島スポーツセンター大会で、豊登とのコンビでジン・キニスキー&カリプス・ハリケーン組が保持するアジアタッグ王座に挑戦。2-1で勝利を収め、第11代王者となる。馬場にとっては国内初のタイトル戦であり、自身初の戴冠となった。

07
23

母校である新潟・三条実業高校のグラウンドでアジアタッグ初防衛戦。豊登とのコンビでザ・スポイラー&ジョニー・バレント組に2-0で勝利。2万人の大観衆の前で故郷に錦を飾った。

1965
02
01

3度目のアメリカ遠征に出発。この遠征中に32文ロケット砲を習得した。3月21日に帰国。

03
26

東京・リキ・スポーツパレスでのバトルロイヤルで、32文ロケット砲をドン・ダフィ相手に初公開。

06
04

この日の北海道・札幌大会から「インターナショナル選手権争覇戦・参加資格獲得試合」がスタート。日本代表の馬場はザ・デストロイヤーと対戦。1本目が両者リングアウトのあと、時間切れ引き分けで決着はつかず。

07
16

東京・台東大会でザ・デストロイヤーを相手に「インター争覇戦」の第2戦。1本目を先取後、2本目は時間切れ引き分けとなり、馬場が勝利を収めた。

10
22

富山大会でザ・ブッチャー(ドン・ジャーデン)を相手に「インター争覇戦」の第3戦。1-1のあと、3本目は時間切れ引き分けに。

10
25

この日の東京体育館大会で、ザ・ブッチャーを相手に「インター争覇戦」の第4戦が開催予定だったが、前日にブッチャーら3選手が交通事故に巻き込まれ負傷。東京大会は中止となり、ブッチャーは28日に帰国。第4戦は馬場の不戦勝扱いとなった。

10
29

静岡・駿府会館でのタッグマッチ(3本目)において、アルバート・トーレスのフライング・ヘッドシザーズによって左側頭部からマットに突っ込み、体を動かすことができなくなる。試合後、静岡市内の病院に運ばれ、2日間のドクターストップがかかったが、翌30日、さらに11月1日もタッグマッチに登場した。

11
02

東京・蔵前国技館でアルバート・トーレスを相手に「インター争覇戦」の第5戦。2-1で勝利を収めた。

11
03

大阪府立体育館でジ・アサシンズAを相手に「インター争覇戦」の第6戦。2-0で勝利を収め、インター新王者決定戦への進出資格を獲得。

11
24

大阪府立体育館でNWA代表のディック・ザ・ブルーザーを相手にインターナショナル・ヘビー級王座決定戦。ブルーザーの暴走により1、2本目とも反則で勝利を収め、第3代新王者となった。

11
27

東京・蔵前国技館でディック・ザ・ブルーザーを相手にインター王座の防衛戦。1-1からの3本目は両者リングアウトとなり、王座初防衛に成功した。

1966
02
28

東京体育館でルー・テーズを相手にインター王座の防衛戦。1本目は馬場が執ようなヘッドロックからテーズの体を押しつぶして3カウント。2本目はバックドロップの前に屈したが、3本目はそのバックドロップに対して馬場がコーナーマットを蹴ったためテーズも後頭部を痛打、すかさず押さえ込み3カウント。同王座2度目の防衛に成功した。