馬場元子監修

08
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日本プロレスの「サマー・ビッグ・シリーズ」最終戦、宮城・石巻市中央広場特設リング大会に出場。大木金太郎とのコンビでザ・モンゴルズ(ジート&ベポ)を2-1で下した試合が、日本プロレスでのラストファイトとなった。国内通算1663試合目。

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25

新団体の設立に向けて、日本テレビのスタッフとともに渡米。

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記者会見を開き、インターナショナルヘビーとインターナショナルタッグ両王座の返上を発表。

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東京・赤坂プリンスホテルで記者会見を開き、新団体「全日本プロレスリング株式会社」の設立を発表。

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記者会見を開き、国際プロレスからのサンダー杉山の円満移籍、旗揚げシリーズにブルーノ・サンマルチノ、テリー・ファンク、フレッド・ブラッシーらの参加、日本テレビでの定期放送(土曜夜8時)などを発表。

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日本テレビ系列で土曜夜8時の「全日本プロレス中継」がスタート。第1回放送では9月20日、ハワイ・ホノルルでの馬場対ザ・シーク戦をオンエア。

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記者会見を開き、力道山が1962年11月から63年12月まで使用していたインターナショナル選手権のベルトが全日本プロレスに寄贈された旨を発表。馬場は「力道山先生の栄光を継承するため、世界選手権争奪戦を開催し、王者を決定したい」とコメント。

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東京・町田市体育館で全日本プロレスの第1戦。「旗揚げジャイアント・シリーズ」前夜祭として開催された。日本テレビ系列で生中継。馬場はサンダー杉山とのコンビでB・サンマルチノ&T・ファンク組と対戦、1ー2で敗れた。

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東京・日大講堂でブルーノ・サンマルチノを相手に「世界ヘビー級王座争奪戦」の第1戦。1-1からの3本目はダブルフォールとなり引き分け。

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レスリングでミュンヘン五輪出場の鶴田友美が、馬場同席の記者会見で全日本プロレスへの入団を発表。

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新潟市体育館で、ザ・デストロイヤーを相手に「世界ヘビー級王座争奪戦」の第4戦。1-1からの3本目はリングアウトで勝利を収めた。敗れたデストロイヤーは日本陣営に加わることに。

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東京・後楽園ホールで、日本陣営に加わったザ・デストロイヤーとタッグを初結成。ムース・モロウスキー&サイクロン・ネグロ組相手にストレート勝ちを収めた。

1973
02
03

アメリカ・セントルイスで緊急のNWA総会が招集され出席。馬場のNWA加盟が承認された。

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『PWF』(太平洋沿岸レスリング同盟)が発足。

02
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東京・日大講堂で、ボボ・ブラジルを相手に「世界ヘビー級王座争奪戦」の最終第10戦。2-1で勝利収め、通算成績を8勝0敗2分けとし、力道山家から寄贈されたベルトを初めて腰に巻いた。

03
16

力道山ゆかりのベルトを「PWF世界ヘビー級王座」と改称、馬場が初代王者に認定される。

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21

福井市体育館で「第1回チャンピオン・カーニバル」決勝戦。マーク・ルーインを2-1で下し、初優勝を飾った。

04
24

大阪府立体育館で、ザ・シークを相手にPWF世界ヘビー戦。リングアウト勝ちを収めた馬場が初防衛に成功した。

04
27

東京・赤坂プリンスホテルで記者会見を開き、大木金太郎ら日本プロレス勢が全日本に合流することが発表された。

10
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群馬・高崎市体育館で、この2日前に国内デビュー戦に臨んだ鶴田友美と初コンビを結成。ドリー・ファンク・ジュニア&ラリー・オーディ組を2-1で破った。

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09

東京・蔵前国技館で、鶴田をパートナーにドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組が保持するインタータッグ王座に挑戦したが、1-1からの時間切れ引き分けで王座奪取はならず。

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24

東京・蔵前国技館で、柔道金メダリストのアントン・ヘーシンクが日本デビュー。馬場とのコンビでブルーノ・サンマルチノ&カリプス・ハリケーン組を2-0で下した。

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東京・日大講堂で、フリッツ・フォン・エリックを相手にPWF世界ヘビー戦。1-0で勝利を収め、9度目の防衛に成功した。この興行が年間156試合目。新日本、国際両団体を上回る数字を残した。

1974
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熊本市体育館で「新春NWAチャンピオン・シリーズ」が開幕。このシリーズからPWF世界ヘビー級王座の世界の2文字が削除された。

01
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長崎国際体育館で、PWF王者の馬場とNWA世界ヘビー級王者のジャック・ブリスコがダブル・タイトルマッチ。1-1からの3本目は両者リングアウトに終わり、馬場はPWF王座こそ守ったが36回目の誕生日を勝利で祝うことはできなかった。

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26

宮城県スポーツセンターで開幕した国際プロレスの「チャレンジ・シリーズ」に高千穂明久、サムソン・クツワダ、大熊元司とともに参加。ストロング小林の退団、TBSテレビの放送打ち切りで窮地に立つ国際のリングに、助っ人として出場した(4月10日まで)。

05
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群馬県スポーツセンターで「第2回チャンピオン・カーニバル」決勝戦。ミスター・レスリングを2-1で下し、2連覇を飾った。

06
15

アメリカのコロラド・スプリング・アリーナで、カンフー・リー(グレート小鹿)をパートナーにドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組が保持するインタータッグ王座に挑戦したが、1-2で敗れ王座奪取はならず。

06
24

10年ぶりにニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンに登場。ゴリラ・モンスーンを相手にリングアウト勝ちを収める。

10
05

東京・日大講堂で、アブドーラ・ザ・ブッチャーを相手にPWFヘビー戦。1本目を失った馬場は、2本目に猛反撃。チョップとキックで大流血に追い込みドクターストップの裁定。3本目はブッチャーが試合放棄、19度目の防衛に成功した。