馬場元子監修

野球メモリー

プロ野球との決別

 練習休みの日(1960年2月12日)、私は宿舎の旅館でノンビリと朝風呂に入っていた。女中さんが「食事にしますか、風呂にしますか」と聞くから、「練習のない日くらい、朝風呂にでも入るか」とあまりやりつけないことをしたのだが、これが運命の岐れ路だった。

 空きっ腹でたっぷりと湯につかったため、湯舟から上がったとたんにクラクラッとめまいがし、湯舟にぶつかってタイルの上にひっくり返ってしまったのだ。左ひじが切れて、タイルがアッという間に朱に染まった。

 救急車に運ばれ、何か体がだるくなって目をつぶりかけると、救急隊員に「眠っちゃダメだ!」とほほをたたかれた。湯上がりだから、かなり出血多量だったらしい。病院で傷口を縫い合わせ、1週間の入院で傷はふさがったが、左ひじの筋が切れ、左手の中指と薬指が掌についたまま伸びなくなっていた。

 回復の見通しははっきりしないという。これではグローブがはめられない。球団所属の選手ならともかく、テスト生では、もうプロ野球選手生活をあきらめざるを得なかった。

『王道十六文』より
巨人軍時代の春季キャンプについて

 妻の元子知り合ったのは、この昭和三十年の最初の明石のキャンプなんです。元子の父の伊藤悌(やすし)は地元の巨人軍のよき理解者で、なにかと巨人軍の世話をされていた人なんですね。

 選手はキャンプ中には伊藤邸を訪れ、ごちそうになったりしたものです。僕も先輩に連れられてごちそうになりに行ったところ、玄関に大きなスリッパがありました。

 当時、中学三年生、十五歳の元子が用意してくれたそうで、その特大スリッパをキャンプが終わってから多摩川の二軍の合宿所に持って帰り、その後までずっと履きました。このスリッパのお礼の手紙を書いて、返事が来て、それで文通が始まったんです。

『16文の熱闘人生』より

(97年)11月15日に静岡・草薙球場で行われたプロ野球『第8回巨人VS阪神OB戦』に、私は初めて出場した。これまでにも招待されていたのだが、私には”俺はプロ野球落第生だ”というコンプレックスがあって遠慮していた。だが、このころはもうすべてのものに対して開き直っていた私は、意外なほど平静な気持ちで出席出来たし、OBも現役選手もみんなが歓迎してくれた。私は38年ぶりに背番号『59』のユニホームを着、右ひじが曲がってピッチングは出来ないため、代打で出場したが空振り三振に終わってしまった。それでも”出場してよかった”と思える楽しい一日だった。

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『王道十六文』より

(一軍初先発の思い出)杉下さんは他のバッターにはフォークボールを投げていましたが、僕が交代の前にバッターボックスに立った時は、カーブと直球だけでした。それでも手も足も出なかったですね。(中略)杉下という人の貫録というか、そんなものにもう全く押されっぱなしで…自分がバッターボックスに立ってみて、大投手の魅力というようなものを、つくづく感じましたね。それはまあ、プロレスでも同じだと思います。格の違う選手と対戦すると、やはり圧倒されてしまうということがありますよ。

『16文の熱闘人生』より

プロレスのテレビ中継枠を、野球に取られたことがあって、そのとき、日本テレビの社長に直談判したんですよ。「プロレスをゴールデンタイムで放送してくれ」と。そうしたら、社長に「野球よりも視聴率が良ければ放送するよ」と言われた。
それで「ジャイアンツ負けろ、ジャイアンツ負けろ」と祈りながら試合を観てたなあ。そうしたら本当に負けてしまった。で、その75年に、優勝したのが広島ですよ。

『週刊ベースボール』1996年2月12日号より

毎年、秋風が吹いて来て風が強くなると一番思い出すのが、この巨人軍からクビを言い渡された時のことですよ。まあ、今は懐かしく思うんですけどね。(中略)その時点では、三条には金輪際帰れない、帰れない、帰れないということだけが頭にあったですね。

巨人軍に入ったということが、三条の町の人たちにとってそれはもうすごいことだったんですよ。クビになりました、と言って、おめおめ、田舎に帰って、ホウレン草を売ったり、大根を売ったり、そんなことがいまさらできるかい!という気持ちでしたね。

『16文の熱闘人生』より
お気に入りの野球選手について

 いないなあ・・・。ただ、ひと昔前は、広島の山本浩二が好きだった。というのも、一番最初に広島が優勝したとき(75年)に、テレビのインタビューの中で、彼が泣いていたんですよ。

 首位打者のタイトルを争ってたんだけど、そんなものはどうでもいい、自分たちが優勝したことが一番だ、と言ってたんだな。顔をクシャクシャにしながら。それに好感を持って、そのあとずっと彼を応援してたんですよ。

『週刊ベースボール』96年2月12日号より