馬場元子監修

野球メモリー
プロ野球との決別

 練習休みの日(1960年2月12日)、私は宿舎の旅館でノンビリと朝風呂に入っていた。女中さんが「食事にしますか、風呂にしますか」と聞くから、「練習のない日くらい、朝風呂にでも入るか」とあまりやりつけないことをしたのだが、これが運命の岐れ路だった。

 空きっ腹でたっぷりと湯につかったため、湯舟から上がったとたんにクラクラッとめまいがし、湯舟にぶつかってタイルの上にひっくり返ってしまったのだ。左ひじが切れて、タイルがアッという間に朱に染まった。

 救急車に運ばれ、何か体がだるくなって目をつぶりかけると、救急隊員に「眠っちゃダメだ!」とほほをたたかれた。湯上がりだから、かなり出血多量だったらしい。病院で傷口を縫い合わせ、1週間の入院で傷はふさがったが、左ひじの筋が切れ、左手の中指と薬指が掌についたまま伸びなくなっていた。

 回復の見通しははっきりしないという。これではグローブがはめられない。球団所属の選手ならともかく、テスト生では、もうプロ野球選手生活をあきらめざるを得なかった。

『王道十六文』より